漫画家・諫山創(いさやま はじめ)氏ー「進撃の巨人」 著者

1. 生い立ちと漫画家になるまでの道のり

諫山氏のキャリアは、故郷での閉塞感や自己評価の低さを原動力とし、デビュー作『進撃の巨人』の持ち込みから世界的大ヒットへと至る劇的なプロセスに特徴があります。

① 生誕と学生時代(大分県日田市大山町)

  • 生年月日・出身: 1986年8月29日、大分県日田市大山町(旧:日田郡大山町)生まれ。
  • 幼少期の原体験: 山に囲まれた盆地である大山町で育ち、当時の「この山を越えた外の世界に行きたい」「自分を変えたい」という閉塞感や焦燥感が、後に『進撃の巨人』の「壁に囲まれた世界」のモチーフとなりました。
  • 挫折感と劣等感: 幼少期から体格が細身で小さく、スポーツ等で成果を出せなかった経験から強い身体的劣等感や自己評価の低さを抱えていました。その反動として「絵で認められたい」という思いが漫画家を志す原点となりました。

② 進学と漫画制作の開始

  • 専門学校への進学: 大分県立日田林工高等学校を卒業後、漫画家を目指して福岡デザイン&テクノロジー専門学校(旧:九州デザイナー学院)マンガ学科に進学。
  • 『進撃の巨人』原点の誕生: 19歳の時、専門学校の課題として『進撃の巨人』の読み切りバージョン(19才短編版)を執筆しました。

③ 持ち込みでの挫折と『週刊少年マガジン』での評価

  • 『週刊少年ジャンプ』への持ち込み: 19歳の頃、集英社の『週刊少年ジャンプ』編集部に作品を持ち込むものの、編集者からは「漫画ではなく『ジャンプ』を描いてくれ(ジャンプのスタイルに合わせるべき)」との指摘を受け、契約や連載には至りませんでした。
  • 『週刊少年マガジン』との出会い: その後、講談社の『週刊少年マガジン』編集部に持ち込みを行った際、対応した編集者(後に初代担当となる川窪慎太郎氏)が、拙い画力を上回る「ストーリーテリングの才能」「描きたいものの熱量」を絶賛しました。
    この読切版『進撃の巨人』は、2006年の「MGP(マガジングランプリ)」にて佳作を受賞しました。

④ 連載開始と爆発的ヒット

  • 連載獲得と大ヒット: 上京後、ネットカフェでのアルバイトなどを経て、2009年9月創刊の『別冊少年マガジン』にて『進撃の巨人』の連載を開始。
  • 社会的現象: 独特の世界観、予測不能なサスペンス、高いテーマ性が話題を呼び、コミックス累計発行部数は世界で1億部を突破。2021年4月に11年半におよぶ連載を完結させました。

2. 特徴的なエピソード・人物像

① ネットカフェバイトでの恐怖体験と「巨人の着想」

  • 言葉の通じない恐怖: 上京後、深夜のネットカフェでアルバイトをしていた際、酔っ払いの客に襟元を掴まれるトラブルに遭遇。その際、「同じ人間であるにもかかわらず、意思疎通が全く図れない」という強い恐怖を覚えました。この「言葉が通じない人間存在の恐怖」が、コミュニケーション不能で人間を捕食する「無知性巨人」のリアルな恐怖表現の着想元となっています。

② 映画・ゲーム・格闘技からの多大な影響

  • 『マブラヴ オルタネイティヴ』: 諫山氏はアダルトゲーム発のSFノベルゲーム『マブラヴ オルタネイティヴ』の大ファンであり、「人類が圧倒的な異形(BETA)に蹂躙される絶望感」や「この作品を超えたい・パクりたい(オマージュしたい)」という衝動が『進撃の巨人』執筆の最大の動機であったと公言しています。
  • 総合格闘技(MMA): 総合格闘技のファンであり、「鎧の巨人」のモデルにBrock Lesnar(ブロック・レスナー)、「進撃の巨人(エレン巨人)」のモデルに岡見勇信氏の格闘スタイルを取り入れるなど、身体描写や戦闘アクションの描写に活かされています。

③ 画力に対する批評と構成力の高さ

  • 連載初期の評価: 連載開始当初は「画力が拙い」「線が荒い」と評されることもありました。しかし、コマ割り、デッサン崩れを逆手に取った「不気味の谷」の演出、緻密な伏線回収とストーリーテリングがそれを補って余りある評価を獲得しました。連載が進むにつれて画力・表現力も飛躍的に向上しました。

④ 連載終了後の夢「サウナ経営」

  • 故郷への還元と趣味: 温泉地・大分県出身という背景や自身のサウナ好きが高じ、インタビュー等で「漫画家を引退したらサウナを作りたい(経営したい)」という夢を語っています。故郷である大分県日田市には『進撃の巨人』のキャラクター銅像やミュージアムが建設され、地域活性化にも大きく貢献しています。